『西尾久さんご』を開店したのは、60 歳で定年退職となった直後です。
私の経歴を簡単に記すと、
27 歳で調理師学校
いくつかのレストランで修行
イタリア修行
35 歳から 45 歳までの
10 年間・西麻布にてレストランバー『ボーチェ』を経営45 歳から 60 歳までの
15 年間・都内大手不動産会社に勤務定年退職と同時にラーメン屋『西尾久さんご』を開業。
27 歳から 45 歳までの 18 年間、調理に携わったものの特にラーメンが大好きという訳でもありませんでしたが、サラリーマンの定年を迎える 5 年ほど前(55 歳くらい)から定年後のライフスタイルを考えてはいました。ラーメン店開業に至った道筋にはいくつかの想いと偶然が重なっています。
●レストランバー「ボーチェ」での失敗経験
大人の街、西麻布で 10 年間飲食店を経営できたことを評価してくれる人もいましたが、20 年 30 年と続く店がある中では、やはり経営に失敗したことは事実です。35 歳の若者が勢いだけで初めて、なんとかもがきながら体力だけで 10 年走り続けたといった所でしょうか。今振り返ると、原価計算など無く、売上計画、集客方法やメニュー展開、従業員の将来などを考えることなく、全く経営的な視点をもてていませんでした。飲食店をしていましたが飲食業ではありませんでした。『業』にできていなかったのです。それでも、店を譲渡した後には悔しさが残り、なぜ失敗したのかを知るために高額な(1 泊 2 日で 650,000 円!!)ビジネスセミナーを受講したりしました。完全に後の祭りですが、15 年後の開業に役立つとはその時は思いもしませんでした。
●病気
「ボーチェ」のお客さんの紹介で、不動産会社で働くこととなって間も無くガンを罹患しました。なんの躊躇もなく目の前で告知を受けて、かなりショックなものの、昭和男子としては家族の手前では平静を装うしかない状態。手術までの 1 ヶ月弱は、自分の人生を振り返る毎日。「悪い人生ではなかった」と何とか自分を納得させようとしていましたが、心残りがあることも分かっていました。「心血を注いで打ち込んで仕事をしてきたか、情熱をもって何か成し遂げたことがあったのか」という想いもくり返しあったのです。ただ、明瞭に分かった事がひとつありました。それは、遅かれ早かれ、この様な瞬間は誰にも訪れるという事。一人横になり、空を見上げて、自分の人生を総括する時は平等にあるという事実。この時の想いは、病気が寛解した今も仕事のみならず、事にあたる時の心構えとなりました。
●原体験
小学生の時に、日曜日に遅く起きてくる両親に炒飯を作ったことがありました。親父は大工の棟梁で高度成長期だった為、忙しく仕事に励んでいました。父子関係が今よりもある種緊張していた時代、親父が「おっ、美味いじゃねーか」と言ってくれたことを嬉しい記憶として覚えています。
自分のしたことで、人に喜んでもらえたことの嬉しさと満足感は、今の仕事につながっていると思います。
SNS 全盛の現在、定年後のライフスタイルについても本当に多種多様な情報を目にします。思うのは、年齢云々の時代では無いなという事。60代はこう、70代はこうみたいな年齢でスタイルが決めつけられる時代では無くなっていますね。かく言う私も、開業準備時期は「カーネルサンダースは、60代で無一文からケンタッキーを始めた」なんてストーリーを励みにしていましたが・・・。
思い立った時が始め時なのです。
青年の頃に、生きている(あるいは生かされている)ことに高揚感を感じた方であれば、それは姿を変えながらも一生消えることはありません。眠らせていた情熱に火をつけることは、たやすいことではありませんが、留まっていては何も起こりません。目標が遠ければ、しっかりと顔をあげて遠くを見つめて少しづつ歩き始めましょう。歩くうちに湧いてくる、さまざまな感情や反応を悠々と楽しみながら、あの時の高ぶりに出会う旅を始めましょう。
